DX推進

DX競争優位実践ラボ~モビリティデータを活用したDX新潮流~

本記事は2022年4月5日に行われた、「DX競争優位推進ラボ~モビリティデータを活用したDX新潮流~」における大和自動車交通株式会社 常務執行役員 小川哲男 様の講演部分とパネルディスカッション部分をインタビュー形式に再構成したものです。

話し手

大和自動車交通株式会社 常務執行役員 営業副本部長 
タクシー事業統括部長(兼)安全管理部長
小山 哲男

(略歴)
1980年 大和自動車交通株式会社 入社。世田谷営業所所長等を経て、2015年 取締役 執行役員タクシー事業統括部長 兼 安全管理部長就任。タクシー事業部の陣頭指揮を執る。
2018年からはAI技術を活用した配車サービスや決済代行サー ビスなどを提供する、S.RIDE株式会社に参画。
現在は、常務執行役員 営業副本部長 タクシー事業統括部長 兼 安全管理部長として、データを活用した新規事業・新規サービスの開発を含めた社内の幅広いDXプロジェクトを総括している。

聞き手

早稲田大学グローバル科学知融合研究所 招聘研究員
早稲田大学グローバルエデュケーションセンター非常勤講師(人工知能とビジネスモデル創出)
株式会社プライムスタイル 代表取締役 

(略歴)
早稲田大学卒業、朝日アーサーアンダーセン(現PwCコンサルティング)で主に通信・放送の分野の業務プロセス改善を中心とした経営改革業務に携わる。
その後株式会社サンブリッジソリューションズ(現:株式会社サンブリッジ)にてマーケティングストラテジストとして従事。技術シーズの事業化をテーマに大手メーカー・大手ソフトウェアハウスに対するコンサルティング業務に携わる。
2005年株式会社プライムスタイルを創業、代表取締役に就任。広告管理システムの開発・販売から創業し、現在は新規事業コンサルティング、システム構築、オフショア開発、マーケティング支援等新規事業の成功に向けた多面的なサービスを提供する。
その他、ジャパンビジネスモデル・コンペティション実行委員、Founder Institute(米国起業支援組織)の東京ディレクター、複数の企業の社外取締役等を歴任。
北陸先端科学技術大学院大学先端科学技術研究科博士前期課程修了。


新しい付加価値で業界の常識を変える
~旧来のタクシー業界ビジネスモデルを超える3つの新コンセプト~

奥田 本日は小山さんから、タクシー業界におけるデータやデジタル技術を使った新しいビジネスのお話を伺えるということで、楽しみにしていました。大和自動車交通様と言えば、タクシー業界では4強の1角を占め、東京都内で稼働台数は2100台、コロナ前では年商規模160億円を超える企業です。業歴82年の老舗でタクシー業界というと、どうしても「保守的」というイメージを持たれがちと思いますが、そんなイメージを覆すような様々な新しいチャレンジをされているお会社とうかがっています。よろしくお願いいたします。

小山 そうですね。確かにタクシー業や老舗というイメージに囚われない新しい取り組みをしているつもりです。その中でも本日は、3つの新たなビジネスモデルについてお話ししようと思ってきました。

まず始めに「乗車時間に付加価値を」というところからお話しさせていただきます。

従来のタクシーのビジネスモデルは、「お客様を乗車して目的地まで送る」ことでした。したがって、タクシー会社は運賃収入が唯一の収入源と考えられてきました。ちなみに、弊社の場合は2019年コロナ前の1回辺りの乗車単価は1840円、乗車時間に直すと約18分です。

そこで弊社では、この「お客様が乗車している時間」に新たな付加価値を提供するビジネスモデルに取り組みました。

 

簡単に言えば、タクシー車内にタブレットを設置してお客様が乗車している時間に広告を流し、広告収入を得るビジネスです。これを可能にするため、S.Rideの新たなビジネスパートナーとして広告ビジネスのノウハウを持つ株式会社ニューステクノロジー社と提携致しました。スタートして3年あまりですが、S.Rideに参加する1万台にこのタブレットが設置されています。1か月の広告表示回数は1億回を超え、広告枠も2か月先まで満稿状態となっています。

また、こちらのタブレットは各種QRコード決済、さらにはS.Rideアプリに登録したクレジットカードでのネット決済にも対応しており、利用者の利便性向上にも貢献しています。

奥田 確かにタクシーの乗車中に広告が流れているとお客さんは必ず目にしますし、広告主側にもメリットはありそうですね。近年現金を持つ人も少なくなってきているので決済方法に色々なオプションがあると非常に便利だと感じます。

 

小山 2つ目は、「空車時間に付加価値を」です。
タクシーの営業の流れとしては、例えば12分間乗車し、25分間空車で走行、8分間乗車、18分間走行、というように実車と空車を繰り返します。当然空車の間はいくら走っても収入はありません。タクシーは平均して1日あたり17~19時間営業していますが、そのうちの53%が空車で走っている状況です。この時間に何か収入を得るビジネスモデルはないか、と考えてスタートしたのが、「タクシーの窓を利用する」ということです。

 

写真をご覧になっていただくと、マンガ・アニメで人気の「ONE PIECE」の広告が出ているのが見えるかと思います。お客様が乗っていない空車で走行している時に、タクシーのリアウィンドウに写し出されるものです。このガラスはAGCが開発したグラシーンという、特殊なスクリーンフィルムを2枚のガラスに挟み込んだもので、自動車の窓専用の窓ガラスとして求められる安全性、耐久性も確保しながら、高画質な広告を投影することが可能になりました。こちらの「ONE PIECE」広告では、コミックス99巻発売に合わせて車両100台にファンなら分かる名言や名シーンを映しております。

奥田 窓に広告を「貼る」のではなく「投影する」というのは斬新ですね。さらに「ONE PIECE」となると人気マンガでもありますし反響も大きかったのではないでしょうか?

小山 そうですね。SNS上では、ONE PIECE公式サイトから「窓ガラスにルフィが映ったタクシーが都内を走っているぞ。近未来だ。見つけたらシェアしてくれ。」との投稿もあり、ファンの方からも「タクシーがONE PIECE仕様になっている」「ワンピ車両に出会えた、奇跡」など数多くの投稿がありました。雑誌、テレビ、新聞等でも取り上げられまして、良いスタートがきれたと思います。

続いて3つ目のビジネスモデル「移動時間を、体験時間に」ということで、さらに広告の価値を上げるサービスをご説明します。

奥田 お聞きしていると、それぞれの新ビジネスにしっかりしたコンセプトが付いているのが素晴らしいです。

 

小山 ありがとうございます。一言で言い表すキャッチ―なコピーをつくるのは大変でしたが、その甲斐がありました。

これはディズニープラスさんと昨年実施したディズニープラスタクシーというサービスです。車両をフルラッピングにして、後ろのドアにはディズニーのキャラクターを6種類デザインしました。初日に渋谷ハチ公交差点でディズニープラスタクシーを走らせ、プロモーション撮影をした時の写真では、信号待ちをしている多くの方々がスマホを手に取り撮影をしている様子も映っております。

 

ディズニープラスタクシーには後部座席のタブレットでの通常の広告配信を止め、ディズニープラスタクシーに乗らないと見れないディズニーの秘蔵映像のみを放映しました。さらに東京のタクシー47618台の中の100台しかないディズニープラスタクシーに乗った証として、乗車した全てのお客様にポストカードを配布しました。また、右側に、QRコードを読み取り、抽選でディズニープラスの素敵なプレゼントが当たるなどの特典も付けました。

配車アプリとの連動の仕掛けもあります。S.Rideのアプリユーザー画面の上に、ディズニープラスの青いアイコンを表示してボタンを押すと、100台しかないディズニープラスタクシーが呼べるようにアプリ連携を行いました。S.Rideのアプリユーザーにならないとディズニープラスタクシーに乗れないこともあり、新規ユーザーのダウンロード数アップにも繋がりました。

タクシーの売上効果としては、アプリの配車件数、通常のアプリの配車件数の2.5倍、1乗車辺りの平均単価も、コロナ渦で売上が減少している中、通常のタクシーは1回辺りの平均単価が1600円のところ、ディズニープラスタクシーでは1回辺りの単価が2850円とドライバーにもメリットが出ています。

SNS上の反響も非常に好意的でした。インフルエンサーからは「100台しかない奇跡のタクシーに乗れた」、「車内のシートもディズニー仕様でかわいい」といった投稿、そして一般ユーザーからも「ディズニープラスタクシー2種類ゲット」や「美女と野獣のマーブル仕様に乗れた、ラッキー」など沢山の画像も上がり、クライアントのディズニープラスさんも反響の大きさに驚いていたようです。この広告はテレビは雑誌の広告と違い、広告を見た人の反応効果をタイムリーに確認できるので、新しい広告ビジネスの可能性を感じております。今後は100台からさらに拡大していく予定です。

奥田 タクシーとしては売上があがりますし、お客さん側もディズニータクシーに乗れるレア感を味わえたりなど双方にとって嬉しいですよね。「どうすればタクシーを利用する人の興味を惹くことができるか」を考え抜かれてビジネスモデルを作っている印象です。

さて、続いては「AI」に関する取り組みについてもお話をお聞きしたいのですが。

ビッグデータとAIがもたらした目に見える経営効果
~売上増に留まらないドライバーの意識改革~

小山 承知しました。ビッグデータを活用したAI需要予測についてお話しさせていただきます。弊社では、タクシー全車にSONYのAI需要予測サービスを搭載しました。機能としては主に6つですが、すべてがリアルタイム対応、かつ数時間後の予測も出せる、となっています。

 

奥田 予測の精度はどのくらいでしたか?また、AI導入によって売上としてはどのような変化があったのでしょうか?

小山 2000人のドライバーデータを解析した結果、エリアのメッシュ予測が当たったのが82%、ホットスポットの実車化奏功率が12月が65.3%、1月は68.8%と、非常に良い数字を出しています。

 

売上への効果も、アプリを起動している状態では起動していない状態に比べ、6.8%伸びたというデータがでています。機能別に売上効果を見ると、「高需要エリア検索」機能を使った場合、ベテランですと5.2%、新人では16.6%売上が上がっています。電車が運休になったりした時に出る「特需通知閲覧」ですが、こちらはベテランも新人も閲覧したドライバーは閲覧しなかったドライバーに比べ10%ほど売上が伸びている。「イベント情報閲覧」ではベテランと新人では売上増効果に差が出ておりますが、これはベテランドライバーの方がイベント会場がどこにあるかとかが分かっているので、その差かなと思っています。

奥田 なるほど、AI需要予測アプリを使うか使わないかだけでも売上の差はやはりでてきますね。一方で、データ主導での価値創出はドライバーさんがナビから指示で動くという話になると思うんですが、開発の仕方を間違えるとドライバーのニーズとは外れたものがでてきてしまうということがあると思います。どのようにすり合わせをして、ドライバーのニーズとデータ開発側が実際に使われるシステムを作ってきたのでしょうか?

小山 全車両に搭載したのが昨年の4月、実用化まで1年の実証実験を繰り返しました。最初は30台のタブレットと、選抜された60名のドライバーからスタートして、さらに3か月後に50台、100台、500台と増やしながら進めていきました。その中で、選抜された60名のドライバーとSONYの開発メンバーと2、3カ月に1、2回ドライバーたちを集めてヒアリングを行いました。仰る通り、SONYの開発メンバーもタクシーのことはよく分かっておりませんでしたので、例えば先ほど支援通知はプッシュ通知で来たら、聞き逃したら情報を逃すのでナビの地図、例えば山手線の新宿から池袋から電車が止まっているんだったら、そこを黄色く色を変えてほしいとか、SONYさんの方が乗務員からこれをしてくれあれをしてくれというのを聴きながら進めて行きましたので、1年間やった結果実用的なものになっていったのかなと思います。

奥田 ちなみに先ほど選抜したドライバーでまずは実証を始めたとの事だったんですが、ドライバーを選定したときの条件はどのようなものだったんでしょうか?

小山 最初は20代30代のスマホを使う世代を中心に、さらに協力的なドライバー、こういう話をしたときに興味を持ってもらったドライバー、200人ぐらいに説明して、そこから手を上げたのが選抜隊でスタートしました。

奥田 非常に丁寧に会社の中で説明をしながら協力者を募っていったという工程が見て取れます。使っていくうちに、新しい有効活用事例が生まれてくる、ということもかなりありそうですね。

小山 有効な活用方法に関しては、SONYの開発メンバーと一緒にドライバーからヒアリングをし、特にこのアプリを使って売上効果が高い人にヒアリングを行っています。電車の運休の通知の利用や、苦手なエリアから自分の得意なエリアへ行く際のおすすめルートを使うとか、さらにイベントも東京都内1000人以上集まる所は終了時間が出ますが、チケットの客単価が高い所はタクシーを利用するお客様が多いという結果が出ているので、こちらを活用するのも有効な方法です。

奥田 なるほど、AIの情報を有効活用することによって効率的なタクシー走行に繋がりますね。その一方で、実際のAIの新しいサービスを必ずしも全員が受け入れてくれるわけではないのかなと思うんですが、ドライバーに浸透させていく上でどのようなことをやられたんでしょうか?人によってはAIに反発したり、自身の勘の方が頼りになるということで敢えて使わないという選択肢もあり得るのかなと思うんですが、ここをどう使う方向にもっていったのかお聞かせ下さい。

小山 確かに全車両でスタートした時には、実験段階で参加していないドライバーの方が多かったので、やはり4月スタートに向けて3月から乗務員用のAIマニュアルを作ったり、研修会を繰り返し行ったりしたんですが、マニュアル見ただけで読むのも嫌だというドライバーもいました。そういう中で現場にタブレットのデモキーを置いてとにかく触ってもらうなどを行いました。さらに、使用する上で、空車の情報があったら色が変わったり、ポイントが出たりすると、ナビが見にくいと言う60代ぐらいのベテランドライバーからの意見もありました。これもSONYさんの方で空車だけを見れる設定や、メッシュだけを見れる設定とかを選べるような追加機能も付けていただきました。他にも、スマホを持っていればURLから使い方の動画を見てもらい興味を持たせるなど。我々も当然企業なので、それなりの投資をしていますからこれを全ドライバーに使ってもらわないと意味がないので、料金メーター機も最新モデルに変えてメーター連動させて、空車になったら自動的にAI画面に切り替えるというのを今進めているところです。

奥田 色々な方の意見を入れて機能を増やしていくとどんどんボタンが増えて複雑になってしまうこともあるかと思いますが、機能の引き算とかもやられているんでしょうか?また、設定で人によって見れるものをコントロールしているということなんでしょうか?

小山 当然、この機能は要らないとか、この機能は使うとか、はドライバーによって違うので、それぞれにあった設定にしています。
カスタマイズという点では、経験のないタクシードライバーの場合には、現場に配属後にそれぞれに空車になった際の行先を設定します。例えば、空車になった際にAさんは六本木に、Bさんは新宿に、などと設定をし、空車になったら全てAIの通りに走るなどというところから始めています。現在は赤坂、渋谷、新宿、池袋などを何人かの新人グループに5人ずつぐらい同じ場所を設定して、1か月走った結果、どこを設定した新人が乗車率が高かったか、違いがどうでるかを見るためにデータ解析もやっています。
他には、ベテランドライバーと新人ドライバーでルートを変えたりしていますね。例えばベテランがいつもは通らない不得意な場所までお客さんを乗せた際に、その地点から得意なエリアまでのルートを出したりします。色々なルートを提案して、ベテランにはこういう使い方、新人ドライバーにはこういう使い方、というのを説明しています。

AIが変えるタクシー業界の未来と大和自動車交通の在り方
~挑戦者魂を失わず、ステークホルダーへの説明責任も果たす~

奥田 今後、会社としてAIにどんなことを期待していますか?

小山 AIが学習して進化をしていくということを期待しています。我々タクシー事業者にとっては、AIが賢くなることで実車する時間が増えてくる、それに伴い労働時間が短縮する。さらに、タクシー会社は歩合給ですが、今後若い転職を考えている人にAIタクシーのドライバーになっていただいて、歩合給から固定給にするとかが可能になってくる。また、最終的には空車の時間が短くなることによって燃料費削減にもなりますし、タクシー会社で実現できるカーボンニュートラルにもなると考えています。

奥田 AIが進化していくことによってタクシー業界にもまだまだ進化が見込めますね。
最後に、会社としての今後の目標はありますか?

小山 我々は上場していますので、短期、中期、長期計画をしっかり立てて実行に移す企業です。新年度を迎えて4月以降の中期・長期計画、これもステークホルダー、メインバンクにも説明して3年後、5年後の大和がどうなっているか、どういうことをやっていくのかということを公表しているところです。タクシーに関しましては、大和1社で進めていくものもあれば、先ほど申し上げた通り、資本金も出してS.Rideの枠組みの中で進めていくものと、AIのワーキング、広告のワーキング、タブレットのワーキング、マーケティングのワーキングと毎週メンバーが決まって議論して新しいビジネスモデルを作っていますので、大和としては大和1社で進めるものと共に枠の中でやるものと、とにかくどちらにしてもチャレンジ精神を持って進めて行きたいと思っています。

奥田 数々のチャレンジ、本当に楽しく聞かせていただきました。本日はどうもありがとうございました。


(編集後記)

新しいビジネスのアイデアを、コンセプトからビジネスモデルに昇華させ、仮説検証を繰り返しながら磨き込んでいく。新規事業開発のお手本のような取り組みに、頭が上がりませんでした。多くの企業で新規のデジタルプロダクトが「導入されて終わり」となっている中、機能ごとに売上効果を見極め、更に利用者セグメントごとの効果測定と要因分析まで行っているのは、素晴らしいことです。

今後更なるデジタルツールの普及とAIの発展の中で、大和自動車交通様のビジネスがどんな進化を遂げていくのか、注目していきたいと思います。

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