DX推進

DX競争優位実践ラボ 〜最先端物流DXの舞台裏〜

本記事は、2021年11月16日に行われた、「DX競争優位推進ラボ 最先端物流DXの舞台裏」におけるアスクル株式会社 CDXO 宮澤典友氏の講演部分とパネルディスカッション部分をインタビュー形式に再構成したものです。

話し手

アスクル株式会社 CDXO
テクノロジスティックス本部 本部長 
宮澤 典友

<略歴>
3歳からECの原点とも言える小売り酒屋で修行をスタート。
大学卒業後、ゼネコンの土木工事の現場監督やIT、ゲームメーカーのITやファイナンス、総合商社のITや会計業務を経て、 2006 年アスクルに入社。
入社後は、経営管理本部長、商品本部長やMRO 事業本部長として新規事業立上げの後、BtoB 戦略企画本部長やASKUL事業本部長としてBtoBビジネスやデジタルマーケティングを牽引。
2020年12月から、テクノロジーとロジスティクスを統括するテクノロジスティクス本部本部長。「物流を制する者はECを制する」を旗印に、最先端のテクノロジスティクス構築に取り組む。同時に、CDXO(チーフ・デジタルトランスフォーメーション・オフィサー)に就任。東京大学大学院工学系研究科研究員。ZAI アカデミアボードメンバー。社内のDX推進にも注力し、 2021年9月にはDX人材育成のための研修プログラム「ASKUL DX ACADEMY」を開校。

聞き手

早稲田大学グローバル科学知融合研究所 招聘研究員
早稲田大学グローバルエデュケーションセンター非常勤講師 (人工知能とビジネスモデル創出)
株式会社プライムスタイル 代表取締役 
奥田 聡

<略歴>
早稲田大学卒業、朝日アーサーアンダーセン(現PwCコンサルティング)で主に通信・放送の分野の業務プロセス改善を中心とした経営改革業務に携わる。
その後株式会社サンブリッジソリューションズ(現:株式会社サンブリッジ)にてマーケティングストラテジストとして従事。技術シーズの事業化をテーマに大手メーカー・大手ソフトウェアハウスに対するコンサルティング業務に携わる。
2005年株式会社プライムスタイルを創業、代表取締役に就任。広告管理システムの開発・販売から創業し、現在は新規事業コンサルティング、システム構築、オフショア開発、マーケティング支援等新規事業の成功に向けた多面的なサービスを提供する。
その他、ジャパンビジネスモデル・コンペティション実行委員、Founder Institute(米国起業支援組織)の東京ディレクター、複数の企業の社外取締役等を歴任。
北陸先端科学技術大学院大学先端科学技術研究科博士前期課程修了。

アスクルの当日・翌日配送の裏側
全国の自社配送センターの存在と、自動化、そして運営の完全内製化

(奥田)”アスクル”の社名の由来が”明日来る”だというのは有名すぎる話ですが、その”明日来る”物流ネットワークの中身がどのようになっているのか非常に興味を持っていました。まずは全体像としての物流の仕組みの概略を教えていただけますか?

宮澤 はい。創業時はオフィス向けの文具通販ということでBtoB事業から始まり、現在では”LOHACO”というBtoC事業も始めています。ただ、売上の構成比としてはまだまだBtoB事業が約9割弱を占めている状況です。

取扱い商品としては、創業当時が500万アイテムで、現在は900万アイテムまで増えています。アイテムのカテゴリは非常に散らばっていて、今では文具事務用品の割合は1割くらいしかありません。特に最近はコロナ感染症もあってメディカル向けや製造業、建設業向けのアイテムが伸びています。

主要な配送センターは、全国に9つ構えています。BtoB専用のセンターが5つ、BtoC専用が1つ、BtoB、BtoC両方扱っているところが2つです。センターは、商品のコンテナを受けやすい臨界エリア、かつお客様の多い都市部に配置していまして、センターの近隣地域は当日中のお届けが可能です。現在は売上ベースでは半分弱が当日配送可能になっています。

当社のEC物流の特徴を纏めると、(1)当日・翌日配送を実現する物流の基盤を持っていること、(2)物流センター内がかなり自動化されていること、(3)自社グループで100%センター内の運営をしていること、です。このうち、(2)については、本日のテーマであるDXと深く関係する部分でもあるので、後ほど詳しく説明しますね。

EC事業者としてのデータ活用と仕組みづくり
コロナ禍で貫いた「本当に必要なお客様に売る」ためのデータ活用戦略

(奥田)本日は「物流DX」というテーマ設定ではありますが、アスクル様は事業カテゴリで分けると「EC事業者」ですよね。「物流インフラを内製化したEC事業者」というのが正しい。そしてECというのは、まさにデータを駆使する事業です。物流のお話の前に、EC事業者としてのデータの活用の実態について、お話いただけますか?

宮澤 分かりました。では、コロナ禍での当社の取り組み事例をご紹介しましょう。

コロナ禍で、一部のお客様が感染予防商品や日用品を転売目的や備蓄のために大量に購入されるという状況が起きました。需給バランスが非常に悪化して、当社で商品を調達してウェブサイト上に掲載しても1日、早ければ数時間や数分でモノがなくなってしまうのです。結果、感染予防用品を本当に必要としている医療機関や介護施設がこれらを購入できない、それによって人命が左右させることも起きる状況でした。

当社はECですので、ウェブサイト上のお客様の行動やレビュー、Twitter等のSNSで世の中の状況を常に分析しています。2020年4月当時の状況としては、当社のサイトのトラフィック自体が3倍近く上昇しました。そして一気にマスクとかアルコール消毒といった商品が検索の上位になりました。我々にとって特に衝撃的だったのは、医療機関や介護施設を始めとした”エッセンシャルワーカー”を擁する事業所様が、マスクや感染予防用品をキーワードに、短期間に一つのIDで千何百回も検索をかけていて、とにかくモノが入ったらすぐに購入したいという事情が見て取れたことです。

当社では通常時でも、データを使ってECのマーケティングオペレーションを仕組み化・自動化しています。検索動向や入荷や在庫の状況、お客様の色々な購入データや行動データを紐づけて分析し、その結果を使ってお客様毎、施設毎に購入可能商品リストと購入可能個数の情報を作成し、それぞれのお客様に自動でメール配信をして、購入に繋げてもらう、という方法です。コロナ禍で、当社がお客様に送信したメールの情報がSNSで流れて、一気に注文が入って買い占められてしまう、ということが起きました。

それは良くないことなのではないか、本当に必要とするお客様に販売できないとしたら問題なのではないか、そういう考えに至りまして、「本当にその商品を必要としていないだろうとお客様が購入できないようにする仕組み」を2週間で作り上げました。これにより買占めや転売目的を防ぐことができて、「購入できたお客様の数」はスキーム開始前に比べて約5倍に増えました。本当に必要としているお客様が買えたということです。これを社内では「売らないマーケティング」と呼んでいます。

パーパスドリブンの経営
社会と未来を見据えた、テクノロジーに基づく進化

宮澤 環境の変化、お客様の意識の変化が非常に速く、激しく起きた時、大事なのは”パーパスドリブン”であることだと思います。当社のパーパス、「アスクルウェイ」と呼んでいるものですが、それは「仕事場と暮らしと地球の明日に”うれしい”を届け続ける」です。この”続ける”という言葉にサステナブルな意味合いを持たせています。それから、「お客様のために進化する」というのも、創業時からの企業理念であり、DNAとなっています。

日本では、大規模災害が年に何度も発生するのは珍しいことではなくなってきています。被災をされた方々がいれば、その方たちに本当に必要で重要なモノを届け、被災地以外には我慢していただくことも重要かと思います。当社がパーパスに立ち返って、次に何をしなければならないか、を考えた時には、このような災害時の仕組み作りも行っていかなければなりません。ただ、この仕組みは先ほどの「売らないマーケティング」の仕組みだけでは非常に難しい。交通機関や配送拠点といった”物流の進化”も同時に求められると理解しています。

奥田 ECでの「データの活用」が単なるマーケティングや効率化のためでなく、より高い視座ー”パーパス”ーの観点から行われているのが良く分かりました。物流についても、同じような高い視点をお持ちなのでしょうね。
宮澤 金融、エネルギー、通信、物流という4つが社会そして色々なインダストリーを支えるネットワーク型インフラだと言われています。世界中で大企業もベンチャーもイノベーションを競い合っている領域であり、社会変化のスピードもテクノロジーの進化のスピードも非常に速い。物流も、大きな転換点にあると理解しています。

物流を取り巻く社会構造的問題
テクノロジーで進化しなければ生き残れない

宮澤 経済産業省、国土交通省で2021年10月から始まった、フィジカルインターネット実現会議というものがあるのですが、そこで物流に関する社会としての課題について議論がなされています。

1つ目は、ECの拡大によって非常に小さなロットの荷物が増えたことで、トラックの積載効率が下落してきているということ。2つ目は、ドライバーや倉庫内作業員といった、物流に関わる方々の人数そして労働時間の減少。2027年には27万人が不足し、2030年には物流需要の約36%がモノを運べなくなるという試算もでています。その結果、物流コストインフレがこれから起きてくるというような兆しがあります。つまり、購買行動のパラダイムシフトによるEC市場の拡大と物流現場での人手不足を社会課題として構造問題の解決をしていかなければEC自体がこれから成立しないという風に考えています。

奥田 物流は社会の重要なインフラにも関わらず、それが維持できなくなってきていると。テクノロジーとデータの力で何とかすることはできないのでしょうか?

宮澤 ECや物流を取り巻く社会の状況を構造的問題として捉え、新たなロジスティックモデルへ進化していく必要があると考えています。当社でも具体的な取り組みを行っており、いくつかスライドを使って事例を紹介していきます。

①「1つの箱で一緒に届ける」ための商品開発

②AIを使った在庫配置の最適化

③”サプライヤーにとって”効率的な発注方法への転換

④”メーカーにとって”配送効率が向上する共同運送と混載の導入

⑤入荷予定時刻の可視化による納品待ち時間の大幅短縮

⑥納品データの事前連携による納品チェック待ち時間の解消

⑦物流センター内作業へのロボット導入(その1)

⑧物流センター内作業へのロボット導入(その2)

⑨一筆書きピッキングから同時並行ピッキングにすることで行列渋滞を解消

⑩ピッキングのための人の移動距離をなくす(その1)

⑪ピッキングのための人の移動距離をなくす(その2)

⑫地方配送業者へのBtoC配送ノウハウのオープン化

⑬機械化進展により生じるメンテナンスエンジニアの負荷軽減

奥田 バリューチェーンの上から下まで、非常に細部に渡るところまでイノベーションが起こっているのですね。業務の各々のファンクションで、データの連携も十分になされていると感じました。

宮澤 そうですね。商品の選定から発注入荷や出荷輸送配送といった全てのプロセスを俯瞰して、最適化を図っていくというのが物流DXとしては非常に重要かと思います。

データについても、元々ある色々なデータをお客様基盤中心に統合しつつ、何が問題になっているのか、何をしたら全体がよくなるのかという分析をしながら、プラットフォーム全体を進化させていくということです。

奥田 更に驚いたのは、メーカーやサプライヤー、他の配送業者様にも、データやノウハウをオープンにしているというところです。

宮澤 哲学的な部分もあるのかもしれませんが、データは当社だけで独り占めして良いとは思っていませんし、みんなのものということでデータの民主化をすすめています。元々お客様の行動から出来上がっているデータなので、色々なオープンイノベーションを行うことによって最初にデータを生み出しているお客様に価値を還元し、社会に価値を還元することに意味があると理解しています。

こういった活動を続けていることによってメーカー様からもデータをいただくという取り組みも始まっています。当社の在庫データだけでなく、メーカー様にある在庫データも連携し、当社で欠品している場合でも、メーカー様に商品がある場合には少しリードタイムが増えますがお届けできますということをウェブサイト上でお伝えしています。

奥田 アスクル様の取り組みそのものが、”物流の未来”を見ているようです。

宮澤 個別最適による合成の誤謬に陥らない、前工程と後工程を意識したDXが必要でしょう。社内では特に後工程はお客様という言い方をしていて、後工程にしっかり良いパスを投げていくというのが、物流事業のDXで特に大事なのだと思います。

人手不足に対しては、もちろん機械化も必要ですが、物流という業務に”人気が無い”ことも大きな問題です。物流事業の担い手になりたいという人が少ない状態を変えていきたい。最先端のテクノロジーを使って、例えば空を飛んで荷物を運ぶドライバーってパイロットだよね、とか、色々な先端的な機械を動かしている姿が近未来的だよね、とか。物流DXのもう一つの方向性というのは、皆がやってみたい、と思うような”かっこいい物流”に変えていくということだと思っています。

奥田 コロナ禍での「売らないマーケティング」もそうですが、これらの新しい取り組みについては、目的や手法、ゴール等、経営側または事業部内でかなりディスカッションを重ねた上で始めるんでしょうか?それとも、まずはやってみようという感じで始めるのでしょうか?

宮澤 会社の背骨としてもともとの企業理念やパーパスがあり、「何をやるべきか」については社内のベクトルが合っているのだと思います。ですから、「やるべきか、やらざるべきか」の部分に時間を費やすことはありません。やるべきことに対して、アジャイルで繰り返しいろいろな試行錯誤を続けていくことが大事なのだと考えています。

すべての施策は「このソリューションを導入しよう」から始まるのではなく、「この課題を解決しよう(イシュードリブン)」、「この目的を達成しよう(パーパスドリブン)」から始まっているのです。

パーパスドリブン型アジャイル経営を実現する組織
長期的な視点でDX人材の育成を進める

奥田 「イシューとパーパスを前提にした、データの活用とそれによる新しい付加価値の創造」、まさにデジタルトランスフォーメーションのお手本のような取り組みだと思いますが、組織としては、どのような構造になっているのでしょうか?

宮澤 色々な変化が急激に起きているところに柔軟に対応できる、というのが「DX型組織」だと理解しています。

当社では4年ぐらい前から組織転換を進めていまして、従来型のIT部門・データ部門が各事業部門からシステム構築依頼やデータ分析依頼を受けて作業するという組織から、各事業部門の中にシステムのプランニングができる人材や、コーディングができるエンジニア、データサイエンティスト、デザイナーといったスキルを持った人材をインクルードする形に変えてきています。

従来型組織では、お互いの伝言ゲームが起きたり、思ったものと違うものが出てきたり、そもそも何のためにやるのかを上手く伝えきれないといった問題が多かったのですが、新しい組織ーDX型組織ーでは課題の上流からチームメンバーが同じ認識で取り組みができるようになりました。ただ、やはり各事業部の横串しとなる組織も必要です。当社ではテクノロジーボードとデータボードという2つの組織を置き、人材の育成を含めた横断的な課題の解決を同時に進めています。

また、スキルフルな人材の獲得を進める一方で、もともといる社員の育成はそれ以上に大事だと考えています。STEAM教育のモデルを参考にして、「ASKUL DX ACADEMY」というものを発足しました。データやテクノロジーを当たり前に活用していける人材を増やしていこうとしています。

奥田 アスクル様のような企業文化や組織体制を目指しながら、なかなか実現できない企業も多いかと思います。トップダウンで簡単に進むものでもないでしょうし、どうやったら企業は変わっていけるのでしょうか?

宮澤 当社も30年前の創業時は小さなベンチャー企業でした。当然当社だけでサービスが提供できるものではなく、色々なパートナー様に手伝っていただきながらビジネスモデルを構築してきました。社内も同じで、1つの部署、1つの機能で完結する業務はなくて、色々な社内の機能部門が集まって、一緒になって課題に立ち向かわないと解決できないものがたくさんあるのだと思ってます。

2011年の東日本大震災では、当社の物流センターが壊滅的な打撃を受けて、仙台は2階まで水没してまったく機能できない状況が長く続きました。こういった時に関係者が集まって一緒になって問題を解決していくという経験を何度か積みながら、かつそれをパーパスと結びつけるトレーニングをしてきて、今があるのかなと思っています。トップダウンで上手くいくケースも当然あるのでしょうが、本当に苦しい時にチームワークで乗り越えた現場でのノウハウとか考え方の積み重ね、そういうものが今の時代には重要になってきているのだと感じます。

当社の場合、どこかの部門が勝手にやっているとか主管部門が全部やればいいという考え方があまりなく、やはり皆が集まり一つの課題解決のストラクチャーを作っていく、という風土があるのでしょう。

ラグビー型組織とかサッカー型組織といわれることもありますが、それぞれが一見バラバラにみえるけれどベクトルは同じ方向を向いていて、同時に同じ目的で動いている、というもので、これからも非常に大事にしていかなければ行けないと考えています。

奥田 ありがとうございました。非常にためになるお話をきくことができました。最後に、もう一度アスクル様のパーパスを聞かせていただけますか?

宮澤 はい(笑)。「仕事場とくらしと地球の明日に「「うれしい』を届け続ける。」というパーパスでこれからもやっていきたいと思っています。本日はありがとうございました。

(編集後記)

ただただ、宮澤さんとアスクル社の「視座の高さ」に圧倒された1時間でした。

”DX”というと、特定の”業務効率化”や”データ利用”という観点から語られることが多いですが、アスクル社では、常に、会社全体、バリューチェーン全体、業界全体、日本社会全体、そして未来を見据えて変革に取り組んでいます。そして、高い視点を持ちつつも、オペレーションの細部にまで目を配った”仕組み”を作る力。

アスクル社のような企業文化・組織風土が一朝一夕にできるものではないことを理解しつつも、私たちもそれを目指そうとしなければいけないのだと思います。アスクル社のような「パーパスドリブン」の会社が増えれば、日本企業はもっともっと強くなり、社会はますます良くなるのでしょう。身が引き締まるお話でした。

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